古本屋・古書店 埼玉県公安委員会公認古物商免許(第431070025592号)
ホーム店日記2011年11月
2011年11月
店日記:15
2011年11月29日
新規入力19点です。
英学、文学研究ほかです。

ホームセンターでルームシューズとひざ掛けを買ってきた。
エアコンを入れても下半身が冷たいのだ。
どういう手を使おうかまだ迷っている状態だが、
とりあえずという感じで。

ルームシューズは脱いだり履いたりするのがめんどくさい。
だからしばらく机に座っているときに履くということにしたらいいか。
先日買ったヒートテックのタイツも着脱しようとすると面倒なことになる。
仕事をしていないときはコタツにいるし。

電気あんかがいいか?
という意見もあったが、高さがちょっと問題かと思っていまのところ思いとどまった。
箱か台のようなものを持ってきてその上に載せないと低すぎる。
2011年11月26日
新規入力18点です。
文芸ものの続きです。

そういえば前にも書いたかもしれないが、
埼玉県民て愛県心ワースト1だという(「週刊文春」で)。
それからどうやってはかったのかわからないが、
県民の幸福度も47都道府県中四十何位とかで、低いらしい。

これってなんというか、
いろいろ感想はあるけど、
なんだか「日本」ていう感じだ。
日本の中の日本、埼玉県ってもっとも「日本」的なのでは?

もう少し説明したいところだけど
無根拠なのにもかかわらず理屈っぽくなりそうなので。
2011年11月24日
新規入力29点です。
戦後、戦中あたりの文芸もののつづき。

いやあ、しかしまたも注文の落ち込みつづく。
こんな早い時間にデータアップしたりして。

晴れて乾いて風が吹いている。
うーん、歩くかな。

「現代詩手帖」の11月号の「追悼・清水昶」というのを読んだりして、
追悼のことばに出てくるエピソードなどを読むと、
清水昶に興味がなくても面白い。
何年とかそういうことをはっきりいってくれる。
正津勉は清水昶と絶交していたんだね。
酒のせいでね。
それも面白い。
2011年11月23日
新規入力30点です。
戦後・戦中、少し昭和初年代のものもあったかな?

北原白秋の『かなしき』は、よくしらないのだが、
投稿された短歌を白秋がここをこうしたほうがいいって添削してコメントをつけた本。
戦中の版では、かっこや傍線を使って、一つの歌の中で添削箇所を示していたが、
戦争で版が焼失、戦後の新版では、よりわかりやすく、
添削前と添削後の歌を並べて示してある。

ところで「かなしき」という文字なんだが、「金」に「質」と書くのだけど、
これを入力しても?に変換されてしまう。
エクセル上ではちゃんとでるのだが、テキストファイルになったときにはじかれてしまうのだろうか。
「もりおうがい」の「おう」などもそうだ。
「おう」の場合は、「鴎」の字にすれば大丈夫だが、「かなしき」はほかに字がない。

なぞなのが、「日本の古本屋」上での表示。
日本の古本屋では、たとえば、旧字体で検索しても新字体で検索しても、
同じ字として判断される場合は、どちらでも目当てのものにたどりつける。
図書館の検索なんかもそうなのだが、
これをなんていったかな?
忘れてしまった。
たとえばドストエフスキーにもドストエーフスキイとかまあともかくいろいろ表記がある、
これを検索できるようにする、
表記のゆれを受け入れるやつね。
何ていったかな。

日本の古本屋では今挙げたドストエフスキーの例なんかはたぶんフォローしていない。
旧字体と新字体とか算用数字と漢数字とかどこまでかわからないがある程度はフォローしている。

なんか最近、話が長くなるんだよな。
余計なことを書いているうちに文字ばかり増える。

いいたいのは日本の古本屋では「もりおうがい」の正字が表示されているのに、
なぜかうちのやつはやはり「?」になってしまうということ。
「おうがい」の場合は併記しているからいいのだけど。
いったいこれはどういうわけだ?
どの時点ではじかれているのだろう。

システムが変わった?
以前アップしたものは大丈夫だったとか。
前の店で正字で入力していたときは問題なく正字のままアップされていた。
「かなしき」も、それでアップされている例があるのだが。
2011年11月21日
新規入力32点です。
戦前戦後文芸もの、『ヴィティコー』全3巻など。

さっきラジオで森永卓郎が、
フランス人か誰かに日本語で、
「寒いですね」といったところ、
日本人だったら「そうですね」とかなんとか合わせるところを、
「うん、寒いけど、この季節だったら普通」とかなんとかいったという。

あ、そうなんだ。と思う。
いや、ぼくは、このフランス人タイプなので。
「え? 寒い?」とか「そうかな?」とか、
もっとくどくどいうこともある。

いやいまちょっと不安になっているのは、
店のこととか関係ないのだけど、
自分でものを書くとき、
なんか同じようなこと書いているっていうこと。

前からそういうこともあったかもしれないけど、
自分で書いたことを忘れて
また書いているのだ。

散文ならまだそういうことも部分的にあってもいいのかもしれないが、
詩ではまずいだろうと思う。
けどなんでそういうことが起こってくるかっていえば、
気持ちいいことば、面白いいいまわしなどを求めていると、
同じエロスのなかにいきついているということなのか。

無意識や記憶を避けるためにはどうしたらいいか。
極力具体的に書くというぐらいしか思いつかないが、
ことばを走らせるエロスの部分を抜き去って果たして
「書き進んでいく」ことができるのかどうか。

けっこう、「書けた」と思ったときにこそそういうことが起こっているので、
ほんとうにいやになってくる。
2011年11月20日
新規入力33点です。
戦前戦後あたりの文芸もの中心です。

日本シリーズはどうなったのだろう。
昨日第6戦、ぼくがラジオでちょっと聴いたときには、中日がリードしていた。
そのまま勝てば第7戦まで。
負ければソフトバンクが優勝するというところだったと思う。

ぜんぜんプロ野球に注目はしていないのだが、
落合はなんとなく好きだった。
2年連続三冠王とか「オレ流」で誰にも負けないくらい練習して結果を出し、
テレビで見るとだいたいおだやか。
(そこが不敵にみえてしまうのだが)

別に特別なファンというわけじゃなくて自分の知っているわずかな知識だけで書いているのだけど、
中日の監督になって、中日を強いチームにしたが、
人気はなかった(お客の入りが悪かったらしい)。
落合は、強くなることが最高のファンサービスみたいなことをいっていたらしい。

いやだけど「おちあい」といえば、
やっぱりファミスタなわけで。
1986年に出た最初のファミリースタジアムは12球団を完全に反映したかたちではなく、
パ・リーグは日本ハムとロッテがいっしょになったフーズフーズというチームになっていた。
このチームが異常に強かった。
たしか3番の「おちあい」と4番「りい」の打力がすごかった。

それにしても当時、パ・リーグの試合をほとんどテレビでみることはなかった。
巨人中心だったし、どこかの局でやっていたのかもしれないが、
うちの父親が一応巨人ファンだったので。
いまは野球放送自体をあまりテレビでやってないときくけどテレビがないので。
2011年11月19日
新規入力21点です。
また詩中心。

昨日は、たいしたことではないのに、
急にこらえていたものががっくりきてしまい、
古本屋がいやになってしまって、
母に書道でどれだけ稼げるかきいてしまった。

もちろんどこもそんなにあまくないわけではあるが。
気を取りなおして今日の献立など考えている。
めったに調理をしなくなってしまったが、
特に出てきたものを食べているということをしていると、
例の、昨日食べたものを思い出せないということになる。

あれは、記憶力が低下しているわけではなくて、
受身だから記憶に残らないのではないかな。
自分で作っても外食してもいいのだけど、
自分で選んで食べたものは覚えている。
日記を書いていると、わかる。
出されたものはさっき食べたばかりなのに思い出しづらいことがある。

いやそうじゃないのかな。
出されたものを思い出そうとするとき
細部まで思い出そうとしすぎているのか。
外食で何々定食を食べたらその名前だけを覚えていればいいのに対し、
今日昼なに食べたって思うと、
あれとこれとこれとこれとなどと細かくなる。
単に品目の多さが覚えてられないってだけかも。
そうなると覚えてられる人のほうが少ないのではないか。
3日前の品目をすべて覚えているなどというのはメモをとっているようなことがなければかなりむずかしいことだ。
2011年11月16日
新規入力21点です。
詩関係。

氷川きよしってそんなにいいだろうか。
さまざまな記録を塗り替えているらしい。
比べる対象がないっていうのはある。
昔のスターのにおいがある、においじゃなくて演出かな。

けど、いい曲が多い。
氷川きよしのボーカルがいいとは思えないのだけど、
曲がとてもいい。
いまかかっていた「情熱のマリアッチ」もよかった。
曲作りのスタッフやプロデューサーがいいということなんだろう。
こんなにちゃんとわくわくするような曲をつくろうってなるといろいろな条件が必要になるのだろう。

昔の、60年代の終わりから70年代のはじめにかけてくらいのしっかりした歌謡曲を思わせる。
和田アキ子なんてバックの音楽がほんとうにいいもんなあ。
もちろんぼくは自分の耳には自信がない。

氷川きよしのことを書こうとしたわけじゃなくて、
鈴木志郎康とあがた森魚について書こうとしていた。
そのうち書くかもしれない。
例によっててきとうなことであるが。
2011年11月15日
新規入力17点です。
日本史中心です。

いよいよもって自分の頭のなかには何もないようだ。
金もない。
移転したのと棚を買ったのと9月の売り上げが悪かったのと。
ともかく出費を取り戻せない状態で日が過ぎていく。

不景気な話ばかりしても仕方ないが。
詩の話をしよう。
っていま目についた本のタイトルを書いただけ。
辻征夫の『詩の話をしよう』っていう。
2011年11月14日
新規入力23点です。
詩集ほかです。

うーん、いつもながら書くことがない。
平凡なタイプなので。
またラジオでいまいっていたことになっちゃうけど、
政治家とか官僚とかがリスクを負わなくなっている、
チャレンジしなくなっている、
とここまではここのところよくいわれていることだが、
産業界にもその傾向があってといって、
昔は小さなところでも(工場とか店とか)
銀行から金借りて何かやってやろうと、
そういうのがなくなっているのがいま日本の問題だとかなんだとか。

そこまで話が及んでくると
あ、やっぱり自分の店のことだなんて思う。
生活できるようになればそれでいいって思っているし。
うーん、リスクを負わない、そうね、
いやもちろん問題だが。
個人としてももちろん問題だが、
そんなに簡単には。
一回勝負すれば終わるということでもないし。
リスクを負わずに官僚の批判をしている人はどう思うのだろう。
2011年11月13日
新規入力23点です。
詩の関係。

井上雄彦『リアル』の11巻を読んで泣いてしまった。
どこで泣くんだといぶかしがるひともいると思う。
前はフィクションで泣くなんていうこと考えられなかった。
いやフィクションじゃなくても、
もともとあまり泣かず
たぶん中学くらいから30代半ばくらいまで全く泣いていない気がする。
そういう人珍しくないだろう。
泣けないものふつう。

けど年をとると涙腺がゆるむっていうけどほんとだったねえ。
特にマンガで泣くな。
困ったものだといいたいが、
泣けるほうがやっぱり楽だなって思う。
2011年11月09日
新規入力15点です。
社会、政治、世界史など。

ぼくは非常時にとりみだす自信がある。
こんなふうに先にいってしまって予防線を張っているわけではない。

曇っている。
また運動不足なのだけど。
健康診断、今日行こうかなと思って、市報をみたら、
飯食うなって書いてあった。
それはそうかもしれない。
明日に予約した。

鴻巣市、胃がん検診は40歳以上なのか。
国立市では35歳からだった。
去年受けたが異常なかった。
ほかのがん検診も40からみたいだ。
まあ検診を頻繁に受ければいいという問題じゃないけど。

古文書読みたいなと思って、
サンプル写真ちらちら見たりしているけど、
学生のとき、変体仮名は覚えさせられた。
それは役に立っているけど(忘れているが)、
漢字のくずしがわからない。
気づかなかったのだが、
『近世古文書解読字典』って見てたら
サンプルに挙げられているの、
ほとんど漢字だ。
古文書っていうと、そうした法律だとか決めごとだとか
そういうものをさしているのかな?
これだとたしかに漢字を覚えるかもしれないが、
偏る。
漢字仮名交じりで両方覚えたいのだが。
近世でいったら草子とかそういうの見ればいいのか。
けど汚い字とかくせ字も読めるようになりたい。
ようは、何をまずテキストにしたらいいかよくわからない。
腰が入らない。
時間もないけど。
何がいいたいかわからないな頭もやもやして。
2011年11月08日
新規入力25点です。
詩のつづきです。

たけしって書いただけで誰かわかるからすごいな。
身の処し方って極力むずかしいと思う。
ひとりで何かを守ってるだけじゃダメで
人間関係をコントロールできるだけの経験とか
経験してなくても匂いを知っているとか
重要だ。
と思った。

何かを守ろうとしても何かに巻き込まれそうになることが公になればなるほど起こる。
いや自分がそうなっているわけじゃなくて。
いつどうなるかわからないしね。
自営業ってそれだけで実は公にむき出しにされてることであるし、
組織に属している人は、
そのなかで何かなったり。

やっぱりどこからも半分からだをはずしているのがいい。
2011年11月06日
新規入力25点です。
また詩。

いつもこの店日記、
新着アップしたときに、即興的にてきとうに書いている。
ところが、今日は、
急に、午前中に、店日記にアップしようと思う文章を書いてしまった。

しかし、アップするのをやめた。
それは、高橋源一郎の「恋する原発」に関係して、
そのたについて書いたものだった。
知人にいただいた「東京新聞」2011年10月15日の「大波小波」での、
「恋する原発」批判に触発されたものだった。
けどその中心とは違うところが気になって結局アップするのをやめた。
というかいつものことだけど、
アップするのをやめたことに関してこんなにいっぱい書くつもりじゃなかったのに。

日本の、
中華屋のスープについて。
醤油スープがついてくるでしょ。
あれってなんだろう。
やっぱり醤油ラーメンが生まれて、それを割ったものかなんかをチャーハンにつけたりしたのがはじまりなんだろうか。

何がいいたいかといえば、
まだチャーハンについているのはいいとしても、
しょっぱい系の定食とか中華丼についているのはしょうゆがかぶってしょっぱすぎるだろいくらなんでもっていうことだ。
なんでしょっぱいものを食った舌を癒そうとしてしょっぱいものを飲まなければならない?
なぜだれも文句をいわないのか不思議だ。
中国の人がやっている中華屋なんかだとちゃんとそんなしょっぱいものじゃないたまごスープとか出てくる。
2011年11月02日
新規入力30点です。
詩です。

4時に早くおうちに帰りましょうのチャイムが鳴っている。
10月に、5時になったばかりではないかな?
4時は早すぎる気がするな。
子どもは帰っていいと思うが。

ギリシア人の国民性か。
日本人の国民性とか。
ギリシアには行ったことがない。
地図でみたくらいだ。
歴史で出てくる。
あらためて地図でみたのは最近かもしれない。
いままたあらためてみてみた。

ぱっとみただけではかたちが覚えられない。
かたちを紙にかいてみないとダメだ。
大学のとき、中国文学の講義で、
まず中国の簡単な地図をかくというのをやった。
ほんとうはもっと前にやっておくべきだという人もいると思うが、
小さいころにやっても忘れているから
大学でまたやってもいいのだ。
略図というのは教えてもらわないと案外わからない。
地図帳だと山とか色がいろいろついているのでかたちだけ覚えようとすると、
自分で「解釈」しなければならないし。

現在のギリシアというと
ハリス・アレクシーウしか知らないということを書こうかと思ったのだが。
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