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池上隆祐書簡(増田要次郎宛(うち5通山岸留男と連名))(北京・大連視察旅行先から2通含む) 計21通 池上隆祐[48831]

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1938-1942。池上隆祐。池上隆祐書簡(増田要次郎宛(うち5通山岸留男と連名))計21通。池上隆祐は民俗学者・政治家。増田要次郎は弁護士・市会議員。山岸留男も市会議員。すべて封書。1)昭和13年2月15日消印(同記)-便箋3枚。憲法発布など五十周年記念会の推進、その際教育課長の問題について市長に進言すべきこと。2)昭和13年2月26日消印(2月25日夜記)-巻紙。増田の立候補をあおる。3)昭和13年4月15日消印(同記)-山岸留男と連名宛。巻紙。自治記念日に際し、「積弊打破」の思いを述べる。4)昭和13年7月13日消印(7月12日夜記)-本文は山岸留男と連名宛。便箋7枚。百瀬嘉郎が北支に行くに際し、増田らにも行くか訪ねている。池上も同行したいとのこと。また新党問題など、時局対談を催したい。5)昭和14年1月26日消印(1月25日記)-200字詰原稿用紙(マス目無視)1枚。職業紹介所問題に関して返信を求める。6)昭和14年2月●日消印(日部分欠)(2月2日記)-便箋6枚。県下革新分子協議会について問題点を挙げる。7)昭和14年3月19・20日消印(速達。3月19日記)-山岸留男と連名宛。便箋4枚。満洲・支那への出航予定と壮行会のこと、信毎特派員のこと。8)民国28年5月8日消印(北京)・昭和14年5月11日消印(5月8日記)-北京から。山岸留男と連名宛。2種あり。a)便箋4枚。有賀からの手紙で市政の情勢を知って市会の数の問題などこまごまと考えを述べる。自分が市長になることも考慮に入れる。急用があることを想定してしばらく北京に滞在するとのこと。b)便箋3枚。壮年団のパンフレットの附録原稿に添えられたコメント。この封書に同封されていた手紙か不明。9)昭和14年6月1日(?消印一部しか読めず)・昭和14年6月4日消印(5月31日記)-大連から。200字詰原稿用紙(マス目無視)11枚。政府が事変の処理に対し方針が定まっていないと指摘。市長問題に関して、元老的な誰と誰に相談してなど細かく指示。10)昭和15年3月12(?)日消印(同記)-便箋3枚。市長問題に関して。森(?)山説を出す案。11)昭和15年4月21日・4月22日消印(速達。4月21日記)-便箋9枚。新聞で、吉澤議員が闇取引問題を告発した(?)増田を名誉棄損で訴えるといっていることを知って、細かく意見を述べている。12)昭和15年4月23日消印(4月22日夜記)-便箋6枚。吉澤議員らの問題に対して増田が告発した件に関して答弁の指示。13)昭和15年4月28日消印(同記)-便箋4枚。吉澤議員の問題の続報を促す。14)昭和15年5月29日消印(同記)-便箋3枚。増田が知事に会うなら紹介状を書く。また佐藤が検事局から呼びされた件。15)昭和15年6月3日消印(同記)-便箋4枚。各地の壮年団の情勢などについて。16)昭和15年6月8日消印(6月6日記)-便箋3枚。中央協会の鈴木さんの話。17)昭和15年6月12日消印(同記)-山岸留男との連名宛。便箋6枚。事務局メモの企画委員会について中央協会に行って講義を申し込んだとのこと。内容を細かく述べる。18)昭和15年12月25日・12月26日消印(速達。12月25日記)-便箋4枚。増田の電話に答えるもの。壮年団として郷軍と会見するに際しての方針。19)消印判読困難(切手は4銭)(1月28日夜記)-山岸留男と連名宛。便箋3枚。壮年団議長問題・副議長問題について。20)昭和●年3月21日消印(年部分欠。切手は4銭。3月20日記)-巻紙。増田の立候補断念の知らせを受けて。21)昭和17年9月19日(同記)-便箋6枚。池上が欠席した晩翠軒での会合の内容を問い合わせるもの。
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