1960-1976。宮田武彦。宮田武彦葉書(三友社・北村卓三宛)計13枚。1〜7、9〜13往復はがきの返信。1)昭和35年10月28日消印-ペン書き10行。糖尿病で痩せて皮膚がたるんで人と会いたくなく、庭で堤千代からもらった犬のアルボと遊ぶのが毎日の楽しみ。2)昭和37年4月12日消印(速達)-ペン書き13行。仕事着について。パリで買った粗野で荒々しい上衣とコールテンのズボン。3)昭和38年1月16日消印(速達)-ペン書き12行。毎年預けられた漁師の家のあった逗子で過ごした思い出。4)昭和38年2月12日消印-ペン書き14行。鬼といえば親爺。5)消印なし-ペン書き13行。夏の健康法はルームクーラーによる安眠。夏の思い出。6)昭和38年12月20日消印-ペン書き12行。近所で7号環状線の工事で大変。その工事現場を見るため、毎日散歩する。7)昭和39年3月9日消印-ペン書き10行。真鶴に行ったときのこと。8)昭和39年6月5日消印-ペン書き13行+短行9行。33年前の伊豆海岸一周のときと一昨日行ったときの比較。9)昭和39年7月28日消印-ペン書き12行。交通混雑のため出かけていない。庭の様子を描写している。10)昭和39年12月11日消印-ペン書き12行。冬の日課。深夜に犬を連れて北風に向かって行進など。11)昭和40年1月30日消印-ペン書き7行。今年のプラン。「奇怪な裸女像を描くこと。緑蔭の池畔を描くこと。貧しい漁村や農村を描くこと。」12)昭和40年3月8日消印-ペン書き14行。税務署で今年から必要経費にレシートがないといけなくなったといわれ、それなら電車バス、公衆電話などすべてレシートを出すよう法令を出してほしいとする。13)昭和40年5月24日消印-ペン書き7行。議員を題材にした詩「雨期挽歌」を作っている。14)昭和41年年賀状(消印は昭和41年1月1日)-宛名以外印刷。15)昭和51年年賀状(消印は昭和51年1月2日)-肉筆。「自然と盆栽」(北村がやっていた雑誌)へのお礼を4行書いている。