1959-1960。小松清。小松清書簡(三友社・北村卓三宛)1通+葉書3枚。はがきは往復はがきの返信。1)昭和34年11月4日消印葉書-ペン書き約11行強(レイアウトが自由なため正確な行数は数えられない)。東南アジア旅行の予定。2)昭和34年12月3日消印葉書-ペン書き9行強。ポーラン、フォトリエ、ウンガレッチらが来日するため、外国船旅行の予定を延期した。3)昭和35年11月10日消印書簡-封書。便箋3枚。海外旅行から帰国してからの近況。9月に帰国、10月に入ってから義姉の芦屋の山荘で休養。4)昭和35年11月25日消印葉書-カーボン紙(?)で書いた9行に赤ペンで加筆。アンケートの回答。命取りかもしれないと思ったらたいしたことがないとわかったとき。日本を発つ日、カミュの死を知ったとき。火野葦平の死を知ったとき。ほか、列挙。